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2009年1月

2009年!もっと、つきまとってやるぞ!いよいよ執念深く、家族に手出しをはじめたM!!!

年も明け、息子の新学期は始まりました。この数日間、またしても集中的に脳をぎりぎりと締め付け、最近では日中も邪念で脳を締め付けてくるようになりました。また、私が苦渋を感じさせるために、小学5年の息子の脳まで明け方締め付け、私に対して乱暴な口をきいたり、成績をおとしたり、習い事の暴害をはじめました。どうすれば、私がいやがるか、困るかを日中も私の思念を読みながら、矢継ぎ早に実行してきます。

Mの手口は、周囲の人間関係などを、少しづつ悪化させ、妬みや争いにもっていくことですが、私はもうMという人間がどんなにたちの悪い人間であるか、およそ何をたくらみどういうことをしてくるかを知っています。だから、Mが家庭の中でも、自分がアメリカ人の奥さんに閉め出されている腹いせで、私の隣人や、従兄弟達をMと同様の家庭内別居状態に次々とおいやり、離婚させていく中で・・・無論、私の家の中でも、私の脳を深夜ぎりぎりと締め上げ、ストレスでパンパンの状態に追いやり、内臓と頭がずきずきと痛む状態で、主人にガリガリと金属音をたてさせたり、必要な物を主人の手で、私が使う寸前で、よそにやられたり、些細なことでも、どうすればヒステリーを起こし、離婚になるまでの争いになるか、その道筋を邪念でつけて、しばらくして様子を伺いに来たことがあります。

「なぜだ、なぜ、まだ離婚してないんだ。」私はもうMの手口は充分知っています。また、私が子供の頃、実家の前の教会の、女の先生と、左隣の美和子ちゃんのお母さんが境界線のことなどで、大声で争っていたことがありますが、それと同様に、私の住まいでも、祖境界線などの些細なことで争いになりそうな相手をご近所の中から物色して、少しずつ互いに、つまらないことでも、気になり、相手に悪意をもつようなシュチエーションを、邪念で悪く運ぶように様子を伺いながら、スーパーで、あるいは玄関を開けたらすぐその人に行き会うように、念で行動を操りながら、私の方で、あまりその人に出会いたくないな、と思い始めたら、すかさず、我が家の窓からすぐ見える菜園が、その苦手意識を持った人が借り、毎日、玄関を開けたら姿をみて、私がストレスをためるよう、はっきりとその人がいやだなという、気持ちになったところで、様子を伺い、すかさず念で、悪意やストレスでヒステリー状態になるまで、ぎりぎりと締め上げます。

それらが、私の子供時代にあった、叔母達の嫁、姑の争いで自殺未遂に発展したり、ぎりぎりのところまで追い詰め、自ら命を絶ちたいと思うくらい苦渋を味あわせるのが、目的なのです。

Mの母にしても、「殺しはいやだよ。」「どの女もいい思いして羨ましいよ。」また、私が日常邪念にも負けずに、旅行や子供達と出かける手配をして、楽しんでいるのを見ると、同じ場所にMとMの母親がいるわけではないでしょうけれど、ほとんど口をそろえるかのように「それじゃ意味ないんだよ!」と思念が同時に伝わってきます。すぐに、命を奪うことが目的ではなく、いかに苦しませるかに重点をおいているようです。

一昨年は連日脳を締め付けても、3日間連続でその後は一週間ほど間があきましたが、昨年の後半から、一度に締め付ける期間が、Mのクサたちと昼夜交代で、5日間以上になりました。はじめて、思い切り念の力で締め上げられたのが3年ほど前、それは、脳と頭蓋骨に親指をめりめりと差し挟まれ、脳を剥離させられるかのごとくで、朝目が覚めると、脳が百科事典で思い切り殴られたかのようにくらくらします。また、無論寝不足ですが、夕方まで、3日間ほど徹夜したかの状態が続きふらふらしますが、特に、野球を息子がやっていたとき、お茶当番に私が当たっている日の前日などを狙って、実行してきます。より、大変な物にしてやれという目的です。なんとか、日常業務をこなしていると、息子が、いきなり「母さん、とって。」とボールを急に投げてきたり、この時は脳の痛みでふくれあがっている状態で、あやうく脳の血管が切れて、そのまま脳卒中で倒れるのではないかと危惧したことも何度もあります。むろん、それを知っていてMが息子の言動を操り、わざとそうしてくるのですが・・・

MとMの母親の手段として、邪念で操る目的は、信頼し合う者たち、母子、夫婦、恋人、友人など、が互いが相手を苦しめる要因になること、愛するわが子を、母親が苦しめたり、また子が母を苦しめたり、信頼し合うべき者たちが、相手を苦しめる。それを見て、M母子が、何とも言えない愉悦に浸るというものです。また、羨ましいと思うターゲットが、周囲に何て悪いやつだと思われるまで、言動を邪念で操り、追い詰め、恥ずかしい思いをさせたり、暴露させたり。それを見て、また愉悦に浸るわけで、それがこの母子の性癖なのす。

また、多くの男女が性的な辱めに会い、徐々に心を荒らし、そんなことは何でもないことなのだという意識を蔓延させ、レイプなどにも無感覚になる。他人の自我を踏みしだくことを何とも思わなくなる。あるいは、一人暮らしの私のアパートに、それも、無人のアパートではなく大家さん家族の一戸建ての壁に隣接して女性だけに貸すという、1階、2階一部屋づつの部屋で、大家の奥さんは油絵が趣味のしっかりした方でしたが、いつのまにか、私に、いやがらせをするために、2階に住んでいた銀行員の女性を、説き伏せ、出入りしていたM。

Mの友人の芸能人達ばかりでなく、当時の、私の会社の上司達や、アパートの周辺の多くの人たちが知っていたけれど、私にだけは教えないようにしていたと言いますが、今では邪念で、広範囲に、そのことを何でもないことと思わせるように誘導していたのでしょう。今思い返しても、ぞっとします。確かに、私の部屋で電話に出ようとすると、上の階で、どすどすという足音が響き、女性にしては変だ、それに私が受話器をとるたびに、上で動いている気配がする。電話音も変な音になってきた。今は、私の電話を、当たり前のように盗聴していたのです。

友人との電話で、「今の企画室は、仕事もやりやすいよ。きちんと時間を取って任せてくれるし、サ○リ○などキャラクターで有名なところは、売れている人とそうでない人と、机が違ったり、表面的な待遇差別があるもの。」という話をすれば、暫くして、私の会社の企画室でも、デザイナーとアシスタントデザイナーで机を換えよう。などとの提案がされ、私は販売促進部なので、いくら仕事をしても、待遇はアシスタントデザイナーという区分けになってしまったり、しかも、同期の同僚の机が、隣で、次々新しくなっていく中で、仕事が認められ、華やかに海外出張に出かける中、私だけはそのまま。本当は私も海外に仕事で行くことに憧れがあり、(実際は気苦労が多いだろうけれど)友人にも、今度は海外に行けるかも・・・などと話したこともあったが、とうとう、気がついたら、企画室20数名の中で、机がそのままなのは、同期では私だけ、海外出張に行けないのも企画室の中では私だけ。そして、私の所属していた販売促進部はなくなり、私も商品担当で、その中でも末端の仕事から始めるようになった。しかも机の心棒ががたがたと取れてきて、どうしたものかと悩んでいたことがあった。アシスタントデザイナーの扱いで机を、(別にデザイナー待遇の人と同じでなくてもかまわないから、取り替えてはもらえないだろうか。言ったら恥ずかしいことなのか・・・などと心に沈殿するような悩みが募り、しかも、その時期に、パッケージの柄が他社のペーパーと同じ柄を外注が描いて、商品化されてしまうミスなどが連発し、しかもアパートにもどれば保険証など大切なものが見あたらない。風呂の灯りをつければ、一週間ぐらいで電球がきれる。ひどいときには翌日きれたり、その時は、まさかMの邪念ストーカーなどという存在を知らず、自分が落ち着かないせいだと思っていた。また、些細なことで、トイレに入ると、私が使おうとする時に限りペーパーが無くなっていることが多くなった。仕事のミス。ペーパーをいちいちかえる時間。机のがたつき。アパートでのこと。これらの積み重ねでストレスが極度に高まっていること。

その時は、Mは会社の上司達に、事情を話し私が9歳の時にひどいことを言った悪い女であり、Mが会いに来てもらいたがっているのに知らないと言ったこと。会社の人間を邪念で納得させ、Mのいやがらせを手伝わせたりしていたようだ。アパートでも嫌がらせをして、私の会社の上司達とも、かなりのことをしているのに、私が参った様子もないのであきれていたなどと話した。まさか、Mと仕事場の上司がそんなことになっているなどと、夢にも思わなかった私は、アパートの中で、どんな不審なことがあっても、遅刻もせず(人に迷惑をかけるのがいやだった。たとえ、現在の仕事の状況が悪くても)会社には通勤していた。けれど、このことで、会社の人が悪いとはみじんも思わない。Mの性癖や、邪念の性質を知らなければ、誰でもだまされてしまう。Mは特に女は簡単に、操れる。少し邪念を加えてやれば、すぐに感情的になり、争いに発展すると言う。

実際にMのファンクラブで無償でMのために動いている、普通の女達は、そうするようにMに邪念をかけられ、そうしないと、不安な葛藤が生じるように動かされている。邪念の効き目が薄くなれば、また、かけなおすらしい。

むろん、その会社に勤める以前もアパートに侵入しては、いろいろしていたようだが、外人女性と結婚し、もともと他人に対する責任などとったこともなく、邪念で大変だと思うことの一切を他人にさせていたMが、自分で責任を負わなければならない立場になり、今度こそ、逃れることのできない義務でストレスを感じ、そのはけ口として、単独で嫌がらせをすることに飽きたらず、私が困ったり、惨めな気持ちに陥ったりするのを、大勢で眺め、愉悦に浸ったりしていたようだ。会社も、私が辞めてしまってはしょうがない。居づらい思いを、惨めな気持ちを、じりじりと、追い詰めながら、萎縮させ長くその状態にとどめて苦しませなければというのが目的だ。はるかに残忍な嗜好といえるだろう。

だから、今現在、すぐには命は奪ってはこないだろうが、おそらく脳を締め付ける圧力を増し、私の言動が信じられないように、気が狂う一歩まえまで、もっていくつもりだろう。

気が狂うかと思うほどの圧力で脳を締め付けられたのが、4年ほど前になるだろうか。Mとの9歳の時の出会いに何が会ったかの詳細を思い出し始めた時だ。その時のぞっとした気持ち。それを読み取りMが力任せに邪念で、畜生!と締め付けたのだ。

翌朝、ふらふらの状態で、普通に朝食の用意をする私を見て、Mともう一人の男が「信じられない!これで、気が狂った奴を一人見ているが何で平気なんだ!」その思念を私が読み取り、(やはり、人にそれと知られなければ、どんな悪いことでもする奴ら。)という確信を深めた。

昨年の11月末頃は、連日の邪念も少しおさまっていたが、おさまっていたわけではなく、Mの邪念はもとMの所属していたJ事務所のトップスターに向かって、私にしているのと同様の邪念でつきまとい、(おそらく急に羨ましいという感情にかられたのか、私が息子の習い事が、ほとんどうまく運ばない状況を見たり、息子が私に対して、乱暴な言動をとるのをみて、こちらはひとまずこれでよしと思ったのだろう。)その、トップスターが身勝手で、周囲が怒っているとの悪評が週刊誌に掲載されるまでを、ひとくくりとし、それが済んだのでまた、冬休み中、つきまといを始めた。Mも、Mの母も「生ぬるいよ!もっとしてやれ!」

「ずっとつきまとってやるからな!もっと子供に手出ししてやる!」もういやがることなら、何でもしてやる。それは、私が、こうして真実を書き始めたから、怒りを煽ったのではない。逆に、このままではMが何をしてくるかわからない!だから、今までの私が知りうる限りを綴り始めたのだ。

晴美伯母さんも、旦那の会社が倒産して気が触れたようになり、「盗聴されている・・・」などとあらぬことをつぶやいていたと言うが、一昨年、母の実家のあるS市の科学館で、晴美叔母の同級生が、偶然にもそこの館長になっていた。母とも知り合いである。実家にも時々、来たことがあるらしい。その館長も校長を退職後、そこに赴任したらしかったが、晴美叔母のことを話していた。まさか・・・気が触れて、外見が別人のようになってしまったなんて言えない。けれど、ごく普通の叔母の人柄・・・とても優秀で頭が良かったという。母のことも、館長は「N校の生徒会長をされた、○子さんでしょう。」と良く覚えていた。叔母は男子ばかりの、もっと優秀な高校にいったそうだが・・・その苦労人の叔母が、そう簡単に気が狂ってしまうだろうか・・・ということ。晴美叔母のマンションが盗聴されていたのは本当だろう。無論、それはMではない。おそらくMの母親が、複数を使い、叔母を酷い目にあわせてやろうとしていたのだろう。そして、頭の良かった叔母は途中で、何者かの悪意が自分たちをターゲットに動いている事がわかったのではないだろうか。だから、気が触れたようになり、ろれつがまわらず、誰もその言動を信じないようにする必要があったのだろう。けれど、誰が、何のために?それは、私も、誰かが私のアパートに侵入しているが、金銭的なものは盗られていないが、保険証などがない。引き出しのファンデーションがこなごな・・・ネックレスのチェーンが結び目だらけ?なぜ?変だ・・・・私自身も、それから、電話の様子がおかしい・・・どうも上の階の人が、銀行員の女性なのに、平日、4時前に灯りがついている。ときどき、複数の男達のどやどやした気配・・・銀行員の女性の毎朝、定刻にステップを降りていく音が聞こえなくなった。

今、ここに書いている内容は真実ですが、多くの人には信じられないもの・・・けれど、Mのことを知っていて、隠蔽している多くの人、あるいはMの邪念をおそれて、「知らぬ存ぜぬでとおせ。」という上司。Mの思念の他に、他の人の思念も伝わってきます。けれど、なんとしても、隠蔽しないで欲しい。隠蔽されたために、お前は精神病だと脅されながら、まるで地面のない奈落にでもいるかのような状態で生きてきました。それは、恐ろしいほどの孤独と、生きる屍のような虚脱感。なぜ、Mがそうしたのか。

それは、花束を持って行ったことで、夜、私が寝入った頃、Mはいつものように、浸入してきましたが、その時だけは、事情を知る、私の会社の上司達と一緒でした。

おそらくは、ときどき、眠っている私に話しかけて、何が好きか聞いていたこともあったのでしょう。何となく覚えています。「・・・家の、杏の木が好き。花が綺麗で大きな実がなる・・・」通りで、次に帰省したときには、杏の木は無くなっていました。父が切ったというのです。

92年の5月。なぜ、急に私が花束を持って行ったのか・・・実は自分は、思い出して欲しくて、君の会社の上司に訳を話して、復讐していたんだ・・・ということでした。その時はMは喜んでいましたが、私が、9歳の頃を覚えていない、他に好きな男の子がいたなどという話で、また、嫌がらせが、以前より遠慮無く始まってしまったのでした。

おそらく、事情を知っている、上司や芸能人の友人には、私が動揺するといけないのでなどと・・・私が、本当のことを知りたくて苦しんでいるのを知っていてあえて、苦しませるためにそうしたのです。

Mが私に知らないと言われて苦しんだ。その思いを、何倍にもして私に味あわせるために。私は、一刻もはやく、本当のことが知りたくて、Mにその後も花束を持って行ってしまった。5月のMの話は恐ろしいものでした。Mが9歳の時に、私がかってに帰ってしまったので苦しんだこと。おそらくMを芸能人にするために、芸能人になれば、その子が会いに来るなどと、洗脳していったのでしょう。それから、Mに思い通りになる不思議な力があること。私の考えていることを読んだ・・・?!確かに起きているときに考えれば、信じられないことだけです。そんなことはあり得ないと・・・そんな人がいるわけない。では脳に響く声は精神病?けれど・・・21歳の時、現れたM。26歳の時、新宿で私を見たときの、驚いたような表情、急に人混みをかき分けて、全速力で走っていってしまった。など・・など・・・が釈然としないまま、精神科で飲まないと廃人になるとおどされ、ドーパミンを抑える薬をもらい続けたこと。けれど、飲むとただ、だるくなるだけだった。

その時は、薬を飲む、と言うことが逆にお前は、精神病だ、という脅しになっているとは気がつきませんでした。薬を飲むことで、本当に病気になった気になってしまう。けれど、それから、ずっと、考えていました。確かに変だ・・・けれど、思い通りになる力をアイドルのMがもっているなんて聞いたこともない。第一、そんな人、いるわけが・・・それから、ものすごい表情で、走っていくM。アパートでのこと・・・そんなことが、ぐるぐる廻りながら、けれど、深く考えようとすると、勝手にアパートに侵入して、家主も、会社の人も知っていて、見ぬふりをしていた、Mが私だけには知られないように仕組んでいた。・・・・ぞっとする恐ろしさ。けれど、やはり、事情がのみこめなかったのです。

けれど、5年前から、9歳の時に何があったのかを思い出したのです。今では、かなり些細な面まではっきりと思い出しました。そして、ようやく私に何が目的で何がなされたのか了解したのです。

私個人の苦しみはともかく、子供にまで何をするかわからない、野放しにされているMとMの母、その念の力も知る人は多くいます。無論、Mの奥さんも。もう、これ以上、知らないふりは、やめてください!来させないでください。Mは奥さんに閉め出される、自分の居場所がないといって、他人の子供にまで手出しをしてくるのです。私の命はかまわないけれど、Mの邪念による冒涜と卑劣さ!何としても、やめさせてください!人間として、当たり前のことをして欲しいのです。Mとともに悪霊にならないでください。どうか、やめさせてください。Mの卑劣な行動を・・・今の自分には、こうして公表していくしか手段がないので。これも、おそらくはMによって隠蔽されるかもしれないでしょうけれど。

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